D&I(ダイバーシティ アンド インクルージョン)
D&Iは「ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity and Inclusion)」の略である。「ダイバーシティ」は日本語に訳せば「多様性」であり、多数の異なる特徴をもつ人や物の集まり、もしくはその状態のことである。生物学的な観点でダイバーシティといえば種の多様性のことである。社会学的な観点では性別、年齢、人種、民族、言語、国籍など、属性の多様性のことを指すことが多い。
経営の世界でダイバーシティの重要性が説かれるようになったのは1960年代と考えられる。特に米国では公民権運動(アフリカ系アメリカ人に対する差別撤廃・法の下での平等を求める運動)や女性運動(女性に対する役割規範の押しつけや差別的取り扱いの改善を求める運動)が活発化し、1964年には公民権法が成立した。同年には、就職や職場における差別を監督する雇用機会均等委員会も設置され、職場など雇用に関わる面での差別的な取り扱いに対して、訴訟を起こせるようになった。
この時点では、ダイバーシティの尊重は、訴訟リスクへの対処であり、従業員に対する福利厚生であるという側面が強かった。だがこの後、さまざまな調査や研究により、今後の企業社会への参加者がその国のマジョリティの男性だけではなくなるという予測がなされ、また、多様な構成員からなる組織のほうが不確実性に対して強いという主張も生まれてきた。こうしてダイバーシティを尊重もしくは推進することは、より強い企業を作るための経営戦略なのだという考えが定着するようになってきたのが2000年前後のことである。
この頃から、多様性が企業経営にプラスの効果を発揮するには、単に構成員の属性が多様であればいいというわけではなく、その異なる一人ひとりの人が、等しく尊重され、その存在を認められている状態がセットでなくてはならないという考えが強調されるようになった。これが「インクルージョン」である。インクルージョンには「包摂」という訳語が当てられるが、「受容」、「受け止めること」と考えると理解が進むだろう。
D&Iを進めるとは「多様な人が存在し、その人々全てが等しく尊重され、蔑ろにされていないという状態を作る」ということである。単にダイバーシティを高める、推進する、というところから一歩意識を進めた考え方だといえる。
また、D&Iの考え方が広まるとともに、多様性の内容のとらえ方にも進化が起きた。現在では、単なる属性の多様性だけではなく、経験や文化的背景、価値観などの組織構成員の内面の多様性も尊重されるべきものであるという考え方が主流になっている。
人的資本経営では、企業におけるD&Iの状態も重要な指標として取り扱われる。これは、多様な人を自社の人的資本とし、その人たちが「自分は認められ尊重されている」と感じながら働くからこそ、企業の価値創出の力が向上すると考えるからである。