人的資本経営ラボGROWIN' EGG

人的資本(Human Capital)

文/米川春馬

人的資本(Human Capital)とは、「蓄積されたスキルや能力・経験をもちいて、価値創出に参加する人材、あるいはその集団」と定義することができる。

これまで、企業における従業員などの人材については「人的資源(Human Resources)」という言葉で表現されることが多かった。「資源」と「資本」はどちらも、経済活動の元手を意味するが、労働者を資源ととらえた場合には、他の鉱物資源などと同じく、それは「投下した分だけ目減りするもの」である。また、10トンの石炭が他の10トンの石炭と等価であるように、1人の人間は、他の1人の人間と代替可能であるという考え方が成立する。

一方で、労働者や労働力を資本ととらえた場合には、「うまく活用することによって、使ってもなお増やすことが可能なもの」であるという考え方が成立する。また、同じ1人の人間であっても、ある人の内部に蓄積された経験やスキルには個別性があるため、他の人と容易に代替することはできない。一人ひとりの個別の特性をかけ合わせてチームを作ることができれば、レバレッジを効かせてより大きな価値創造が可能であると考えることもできる。 

言い換えれば、人材を人的資源としてみる場合は、雇用主・使用者は、一人ひとりの特性には関心を寄せないが、人的資本としてみる場合には、一人ひとりの特性や個性、それらがチームになったときの相乗効果のありように多大な関心を寄せることになる。このような前提に立つ企業経営が「人的資本経営」である。

もちろん人的資源や人的資源管理という言葉を使ってきたからといって、これまでの企業経営において、人の個別の特性や価値が無視され、代替可能なモノのように人々が扱われてきたということでは決してない。少なくとも2000年前後からは、人々の固有の能力や経験に着目し、それをさらに活かすような育成や配置、コミュニケーションが重要だという考え方に、多くの日本企業が立ってきた。

だが、現代の企業経営において、人的資本という言葉をあえて用いることで、企業の価値創造の源泉としてかつてなく重要となった人材を、より重視し、人材が創出できる価値をさらに大きくするために、「人材に投資する(能力開発をしたり、働く環境を整えたり、自律性や意思を尊重した働き方ができるようにすることなどを含む)」という企業の姿勢をより強く意識する/させることができるのである。

なお、人的資本という言葉をはじめて使ったのは、アダム・スミスだとされる。彼は『国富論』(1776年出版)で、「特別な技能と熟練を必要とする、ある種の職業のために多くの労力と時間をかけて教育された人」のことを人的資本と呼んだ。