人的資本経営のベースは「期待」と「機会」と「主体性」
創刊1周年記念特集:大久保 幸夫さんに聞く(2)
株式会社職業能力研究所
代表取締役
大久保 幸夫さん
聞き手 羽生 祥子、石原 直子(「人的資本経営ラボGROWIN’ EGG」編集長・副編集長)
文 米川 青馬
- 前編
- 後編
大前提として「キャリアオーナーシップ」が欠かせない
――企業は今、人的資本経営を実現する方法を、少しでも知りたいという状況です。大久保さんの考えを教えてもらえますか?
大久保:具体的な方法はもうすぐ公開する予定ですが、方法のベースとなっている考え方をここではお話ししましょう。
第一に大事なのは、人的資本経営は働く個人にフォーカスを当てているということです。一つの企業には、一人ひとり異なる個人が、企業の理念・パーパスや事業に共感して集まっています。彼らがそれぞれの想いや価値観を大事にしながら、自らのキャリアやポジションを獲得して主体的に働き、各自のスキル・知識を活かすことができれば、自然と誰もが夢中になって仕事と向き合い、成果を挙げ、新たな価値創造ができるでしょう。そのために、企業が個人に向けて徹底的に投資するのが、人的資本経営です。
ですから、人的資本経営には、働く個人のキャリアオーナーシップが欠かせません。人的資本経営とは、社員一人ひとりが自分の想い・価値観・スキル・知識などを踏まえて、自らのキャリアを主体的に考え、掴み取っていくことを前提とした概念なのです。
ところが、日本企業が最も遅れていたことの一つは、社員にキャリアオーナーシップを持たせることでした。つい10年ほど前までは、多くの日本企業が、社員がキャリアオーナーシップを持つと離職してしまうから、できれば持ってほしくないと考えていたのです。現在も「キャリアオーナーシップを持ってください」と呼びかけながら、実際には社員の主体性を阻害している日本企業が見られます。たとえば、人事が本人の意思に反した人事異動を命ずるのは、キャリアオーナーシップの阻害に当たります。今後は、社員が自ら手を挙げて異動すべきなのです。
人的資本経営を実践したいなら、何よりも社員にキャリアオーナーシップを持ってもらうことが先決です。その際、社員のキャリアに対する主体性を阻害するような行動・制度をなくすことも大切です。
――社員にキャリアオーナーシップを持ってもらうのが重要、というのはよくわかります。一方で、個人の自律を前提にするなら、両輪としての企業の解雇権についても議論していく必要があるように感じます。大久保さんはどのように考えていますか?
大久保:企業は解雇権を論じる前に、社員にパフォーマンスアップやスキルアップを求めるべきです。社員とコミュニケーションを積み重ねて、ときには「他社のほうが活躍できるのでは?」などと率直に伝えるべきです。実はそれだけで解決する問題が多くあるのです。企業が社員と正面から向き合うことを避けているために、問題が大きくなっているケースが散見されます。