人的資本経営ラボGROWIN' EGG

リスキリング(Reskilling)

文/米川春馬

リスキリングとは、仕事に必要なスキルの再開発を意味する言葉で、「新しい職務に就いたり、これまでの職務の進め方の大きな変化に対処するために、必要な新しいスキルを獲得する/させること」と定義できる。この言葉自体は、海外の人材育成の現場では以前から使われてきた言葉だが、2020年前後からは、デジタル時代の到来に向けて職業の在り方が大きく変わるなかで、デジタルを使いこなしたり、デジタル関連職に就いたりするための新しいスキルの獲得という意味に特化して使われることが多くなっている。

2023年現在、世界中でリスキリングの重要性に注目が集まっている背景には、デジタル時代には、多くの職業や仕事が機械化され、何もしないでいると大量の失業が発生する「技術的失業」が予測されていることがある。世界中から実業家や学者、政治・行政の専門家が集まって地球規模の課題を討論する世界経済フォーラムは、2020年秋に、今後5年で8500万人分の雇用が失われる一方で、9700万人分の新しい雇用が生まれるという調査結果を発表した。なくなる職業と生まれる職業の間には求められるスキルの違い(スキル・ギャップ)があるため、なくなる職業に就いていた人たちが新しい職業に就くためには、リスキリングが欠かせない。これが、世界経済フォーラムをはじめ、各国・各地域が産官学で連携してリスキリングを強く推進する動機だといえる。

日本でも、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の必要性を多くの企業が認識している今、デジタル人材の不足を補うための手段の一つとして、リスキリングを進めようという機運が高まりつつある。国もこの動きに呼応しており、2022年10月には岸田文雄首相が、個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じると表明した。日本政府には、燃料費の高騰をはじめインフレ傾向が強まっている昨今、リスキリングによって新しいスキルを獲得した人々の賃上げや、よりよい条件の仕事への転職を実現し、日本の経済の停滞を回避したいという狙いもある。

企業がリスキリングをするにあたっては、まず、自社のデジタル戦略を明確にする必要がある。デジタルの力を使って自社のビジネスをどう変えようとしているのか、自社の顧客にどんな新しい体験をもたらそうとしているのか、これらを、社長をはじめとする経営陣が打ち立てることが先決だ。

自社のデジタル戦略が明確化して初めて、どんなデジタルスキルを持った人がどのくらいのボリュームで必要なのかという人材戦略が立てられる。次に、それらと現在の人員の保有スキルとのギャップを明らかにすれば、誰に、どんな学習コンテンツを使って、どんなスキルを獲得してもらうかというリスキリングのプランが描けるだろう。

個人にとっても、リスキリングにどう取り組むかは今後の重要なキャリア戦略になる。人生100年といわれ、ほとんどの人にとって、働く期間は以前より大幅に長期化することが明白になっている。一方で、社会とビジネスにおける変化のスピードは増しているので、過去の学習や経験で培ったスキルの寿命は短くなっている。これから自分の仕事がどう変わっていくのか、新しく生まれる仕事に適応するにはどんなスキルが必要か。こうしたことをしっかり予測して、リスキリングを自身の生活に組み込んでいく必要があるだろう。その意味では、リスキリングは、生涯に1度実施すればいいというものではなく、働く人々が繰り返し行っていくものであるといえる。