CEOさえ決断すれば、人的資本経営はすぐに着手できる
創刊1周年記念特集:大久保 幸夫さんに聞く(1)
株式会社職業能力研究所
代表取締役
大久保 幸夫さん
聞き手 羽生 祥子、石原 直子(「人的資本経営ラボGROWIN’ EGG」編集長・副編集長)
文 米川 青馬
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日本企業の「社員を大切にする方法」が変わった
――聞くところによると、大久保さんはいま「企業が人的資本経営を実現する方法」を組み立てている最中だそうですね。
大久保:未完成なので、現時点では詳しい説明はできません。ただ、そのフレームが完成したら、CEOさえ決断すれば、人的資本経営はすぐに着手できるようになるはずです。
――ヒントだけでも教えていただけたら。
大久保:もちろんです。その前に、人的資本経営の背景や私なりの見方についてお話ししてもよいですか?
――聞かせてください。
大久保:最近、気になっていることがあります。それは人的資本経営の文脈で、「これまでの日本企業は社員を大切にしてこなかった」とよく語られることです。日本企業の人事を長く見てきた私からすると、それは間違っています。日本企業は以前からずっと、社員を大切にしてきました。ただ、昔といまとでは「社員を大切にする方法」がまったく違うのです。
昔の日本企業は、新卒入社から定年退職まで社員の雇用を守り、社員とその家族が安定的な生活を維持できるようにするというやり方で、社員を大切にしてきました。その代わりに企業側が強い人事権を持ち、組織が配置や異動、昇進などをすべて決めてきたわけです。これは会社の寿命が比較的長く、ビジネスの変化が緩やかだったから実現できた仕組みです。
ところが、いまや状況は一変しました。ビジネス環境の変化が激しくなり、会社の寿命は短くなりました。一つの企業が、新卒入社から定年まで社員を雇用しつづけられる可能性は下がっています。また、現代日本の労働市場は慢性的な人材不足に陥っています。そのため、雇用を守る必要性が下がりました。その代わりに、個人が就きたい仕事に就ける可能性が高まっています。もはや、以前の日本企業のやり方では社員を守れなくなったのです。
社員が主体的に気持ちよく働ける場を提供すること、実力を適正に評価すること、キャリアや成長を後押しすること、個別の育成投資をすること、一人ひとりの事情や特性に配慮すること。現代では、こういったことが社員を大切にすることなのです。つまり、以前の日本企業には社員を大切にする気がなかった、というわけではなくて、時代の変化に応じて、社員を大切にするという言葉の意味が変わり、方法が変わったのです。