企業は何をすれば、人的資本経営をしているといえるのか?
特集 創刊記念イベントルポ 高津尚志に聞く いま日本に人的資本経営が必要な理由(2)
高津:従業員の「リスキリング」を始めとする能力開発投資も重要な施策です。リスキリングとは、時代や環境に合わせて新たなスキルを習得し、そのスキルを活かして次のキャリアに進んでいくことです。現代では特に、デジタルに関するリスキリングが注目されています。技術の進歩や環境の変化によって、従業員に求められるスキルが刻々と変わっていく時代です。これまでに得たスキルや経験に加えて、今後も価値ある仕事を続けられると一人ひとりが自信を持つためには、リスキリングによって新しいスキルを身につけてもらうことが重要になるでしょう。副次的な効果として、会社に投資をしてもらったと感じることで、働く人のエンゲージメントが高くなることも期待できます。
●ポイント2
会社と従業員が対等な立場で関係を結ぶ
【施策例】会社は社員の意思を尊重。個人は「オーナーシップ」を持つ
――2つ目のポイントは何ですか?
高津:ずいぶん前の話になりますが、ある企業のパーパスの設定を支援するというプロジェクトに関わったことがあります。経営陣のひとりが、あるとき次のように言いました。「パーパスは従業員に押しつけるものではなく、従業員と共有するものです。なぜなら、会社のパーパスと個人のパーパスは本来異なるものだからです。働く個人は、会社のパーパスと自分のパーパスの重なりが大きい会社を見極めて、互いのパーパスを共有しながら働くのが幸せなのだと思います。」
この言葉をいまだに克明に覚えているのは、この方がいち早く、会社と個人を対等な関係とみなしていたからです。日本には、「個人は会社に従うもの」という主従関係のイメージがいまだに強くあります。しかし、人的資本経営では、従業員は会社の所有物ではないということを明確に意識すべきです。会社と個人ができるだけ対等な立場に立って関係を結ぶことが大切です。会社は一人ひとりの意思を尊重する。個人はオーナーシップを持って会社と関わる。そうやって両者の関係が対等に近くなればなるほど、人的資本経営は成熟していきます。
●ポイント3
会社の成長ストーリーを描き、従業員に語り続ける
【施策例】「自社の将来の物語り」を言語化
――3つ目のポイントを教えてください。
高津:私が、人的資本経営を行う会社にぜひお勧めしたいのは、「会社の成長ストーリーを描くこと」です。経営陣が今後、会社とビジネスをどう成長させたいのか。どういう困難を乗り越えて、どんな場所にたどり着きたいのか。そのためにどういう体制を組むのか。どのような人材、どういった能力・価値を必要としているのか。パーパス・ミッション・ビジョン・バリューだけでなく、人材の能力・価値・活躍を入れ込んだ「自社の将来の物語」を具体的に描き、言語化していただきたいのです。その際、従業員が成長の源泉であることを忘れてはなりません。
高津:会社の成長ストーリーを描いたら、それをさまざまな方法で従業員に伝え続けましょう。経営陣がことあるごとに語ることはもちろん大切ですが、それ以外にもマネジメント研修に組み込んだり人事制度に反映したりと、さまざまな伝え方が考えられます。成長ストーリーが社内に浸透すれば、どのような能力や価値が求められているかも同時に共有できます。こうして物語の力を活用することで、人的資本経営を加速させることができるのです。
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高津尚志(たかつ・なおし)さん
IMD北東アジア代表
スイス・ローザンヌに本拠を置く世界的なビジネススクール・IMDの北東アジア代表。1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本興業銀行に入行。フランスの経営大学院INSEADに学び、パリオフィスに勤務。その後、ボストン コンサルティング グループ、リクルートを経て2010年11月より現職。リクルート在職時には人と組織のマネジメント専門誌『Works』の編集長を務め、東京の桑沢デザイン研究所にてデザインを学んだ。 IMD学長(当時)ドミニク・テュルパンとの共著『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか』『ふたたび世界で勝つために:グローバルリーダーの条件』(日本経済新聞出版社)、IMD教授シュロモ・ベンハーとの共著『企業内学習入門――戦略なき人材育成を超えて』(英治出版)がある。